ピアノコンチェルト
ショパンはピアノコンチェルトを2曲書きました。いずれもワルシャワ時代、10代後半の頃の作品です。 ショパンは幼少の頃からその素晴らしい技巧と音楽性が高く評価され、ワルシャワ社交界の寵児となりました。 ショパンが1829年にウイーンで絶賛を浴びて帰ってきたことを知って、ワルシャワの楽壇はショパンの故郷ワルシャワでの公開演奏を期待しました。 この2曲についてのデータを下表に掲げます。 |
| 作品番号 | 作曲年 | 拍子 |
調性 |
速度指定 |
小節数 |
|
21 |
1829 |
第1楽章 |
ヘ短調 |
Maestoso |
348 |
|
第2楽章 |
変イ長調 |
Largetto |
97 |
|||
第3楽章 |
ヘ短調 |
Alleogro vivace |
514 |
|||
11 |
1830 |
第1楽章 |
ホ短調 |
Allegro maestoso |
689 |
|
第2楽章 |
ホ長調 |
ROMANCE Larghetto |
126 |
|||
第3楽章 |
ホ長調 |
RONDO Vivace |
646 |
2曲は相次いで書かれたので、その構成はよく似ています。 ところで、シューマンはその著「音楽と音楽家」の中で協奏曲という章を起こしてショパンの協奏曲に触れていますが、その章の副題は また、ショパンは管弦楽法を知らないとか、下手だなどといわれていますが、これについては八代秋雄との対談で小林仁が反論しています。これは「ムジカノーヴァ」の1974年1月号に掲載されていますが、バックナンバーを調べるのも大変かと思いますので、議論が面白いので要点を採録しましょう: 小林 でも、あのオーケストレーション、ほんとにまずいんですかね。僕は専門的なことしか分からないけれども、決してまずいとは思わない。僕はあれ以上にもいかにもあり得ないという気がするんだけど 矢代 ピアノが入ってくればいいんだけれども、大きなトゥッティの書き方は下手というか、よく鳴るようには書かれていません。 小林 そうですかね。たとえば、1番のコンチェルトね。頭から弦楽合奏に、それからクラリネットが入って、オーボエ、フルートがはいってきて、だんだんせり上がってくる。こういう書き方というのは、並大抵のアイデアじゃちょっと出来ないと思うのだけれども。それには、 フルートの音域が低すぎて鳴らないということも、もちろんあると思うけれども、それにも拘わらずあれよりよい方法があるとも思えない。 矢代 アイデアはいいんですよ。ただね、大きいトゥッティのバランスは悪いですね。 小林 そうですかね。 矢代 それからショパンの音感は、極端にピアノ的なんですよ。オーケストラの楽器に対しても音の高低と、音色しか念頭にないのね。だから音の緊張力に対してずいぶん配慮が欠けているんです。これはピアノから作曲に入った人によくあるケースです。 小林 そういうものですかね。 矢代 たとえば、真ん中のCは、ヴァイオリンで弾くと低くゆったりとした音に聞こえる。コントラバスで弾くと、これ以上高い音は出せないという切迫した感じになるでしょう。これなんですよ。
矢代 でもね、ホルンよりはいいんじゃないかしら。ここでバックになるものがそんなに緊張しなくてもいい場所です。何かきれいな音が欲しいという考えなんじゃないかしら。 小林 でもね、ホルンという楽器はクラリネットみたいに機動力がないですよね。逆に、ピアノソロを弾きながら、「幾分オーケストラに足を取られながら弾く楽しさ」というのがあるんですよ。ここは実にそれにピッタリしているんですよ。だから、これをクラリネットで訳なくやられちゃうとちょっと物足りないという気もするんです。だからその意味での発想は大事にしなきゃいけないと思うから、これは他の楽器でやらせたらどうにも格好付かないと思う。 ・・・・・ といった具合ですが、作曲家とピアニストの見解の違いが面白い。 |
2つのコンチェルトを比べると、いくつかの点で類似点があることが分かります。 また第2楽章はいずれもLarghetto のテンポ指定で、ロマンティックなムードを醸 し出します。 ショパン自身これらについて友人への手紙で言及しています。
しかし、第3楽章は明らかに違います。いずれもポーランド舞曲ですが、第2番はマズルカで3拍子、第1番はクラコヴィアクで2拍子です。
この2曲には共通点が多いので、これらを双子のコンチェルトと呼ぶ人もありますが、双子だって何から何まで同じというわけではありますまい。これから比べてみましょう。 なお、コンチェルトの演奏技術を高めるためにショパンはエチュード作品10を書いたといわれています。言い換えれば、コンチェルトのパッセージを素材としてエチュードを作曲したともいえます。 |