即興曲

バッハ、モーツアルト、ベートーベンはいうに及ばず才能のある音楽家(演奏家)は即興演奏を得意とします。聴衆からテーマを貰い、それを基にして演奏するというのがよくあるパターンだったようです。
ショパンもよく即興演奏をしたようです。1829年にウイーンで演奏会を開いたとき、「白衣の貴婦人」からのテーマで即興演奏をしたあと、舞台監督の勧めに応じてシミール(ポーランドの酒の歌)を選んで弾いたが、これが聴衆に電撃的な感動を与え、ショパンが放ったスパイが聴衆は席の上に飛び上がって喜んでいたと家族に報告しています(1829年8月12日付)。また1829年8月26日付でドレスデンから両親に宛てた手紙には、ウイーンからの帰途テプリッツに立ち寄ったときのエピソードが書かれています。
パリに住み着いてからは、いくつかの演奏会で即興演奏をしています。
1838年の2月にルイ・フィリップからチュイルリー宮殿で演奏して欲しいという招きを受け26日に演奏しましたが、その時王の妹であるアデレイド夫人からのテーマによって弾いた即興演奏が参列していた多くの婦人達の熱狂的な喝采を受けました。また、よく1839年にはサン・クルー宮殿にモシェレスと共に招かれましたが、その折りにも即興演奏を披瀝しました。
ショパンは又方々のサロンで即興演奏をしていますが、彼の得意とする物まねで色々なピアニストの演奏を真似した即興演奏を行って皆を喜ばせたそうです。
ハイネは「・・・彼がピアノに向かって即興演奏を始めると、人々は喩えようもない下記の歓喜の情に包まれる。・・・・・我が愛する祖国から誰かが尋ねてきて、私の留守中にそちらで起こった珍しいことをいろいろ話して聞かせてくれるような、、そんな気がして来るではないか・・・」と書いている。

即興曲というジャンルの創始者はシューベルトだといわれています(異説もありますが)。これは即興演奏をそのまま譜面に起こしたものではありません。作曲者の心に浮かんだ音像をあっさりとまとめ上げたという雰囲気の曲をそのように命名したといわれます。
ショパンの即興曲として生前出版されたのは3曲だけです。かの有名な幻想即興曲は彼の死後フォンタナが草稿を基にして手を加えて「 幻想即興曲 」と名付けて出版したものです。
これら4曲の中、第2番を除き基本的に3部形式を採用しています。

まとめると下表のようになります。

作品番号
調性
拍子
小節数
テンポ指定
作曲年
出版年
29
変イ長調
127
Allegro assai quasi Presto
1837
1837/8
36
嬰へ長調
110
Allegretto
1839
1840
51
変ト長調
105
Vivace
1842
1843
66
嬰ハ短調
138
Allegro agitato
1835
1855