| ドビュッシー | Debussy |
| クロード | Claude |
| 生年 | 1862 |
| 没年 | 1918 |
ドビュッシーはモネ達の印象主義絵画の音楽版だと言われるのを嫌ったそうだ。むしろ彼の音楽はマラルメのような象徴主義の方がふさわしいと考えた。しかしながら、光と色彩を重んじた印象派の主張はドビュッシーの音楽にも当てはまる。
彼はピアノ演奏に優れ、10才でショパンの第2コンチェルトを弾きこなすことができた。フォーレからその優美さを学んだドビュッシーはショパンの音楽を深く理解できたと思われる。
彼はピアノのタッチ、そしてペダリングに細心の注意を払った。
ドビュッシーに心酔したマルグリット・ロンによれば「・・・とくにショパンのことになると、ドビュッシーの話は尽きることがないのです。。その演奏を通じてショパンの心が骨の髄までしみ通り、ショパンに憑かれているようでした。そして自分の演奏にもショパンの技法と考えられる全てを求めているようでした・・・・」と書いている(マルグリット・ロン著「ドビュッシーとピアノ曲」p.26, 昭和44年、音楽之友社)。
また、「ベートーベンのピアノ曲ははっきりいってよくない。モーツアルトのピアノコンチェルトもよくないがベートーベンのよりもましだ」と言ったそうだ。それに引き替えショパンはピアノに歌わせることができたとも。
彼のピアノ曲にはショパンと同様に前奏曲、練習曲と命名されているものがある。内容的にも、調性からの離脱、微妙な転調などショパンの影響を随所に見出せる。
また、彼はショパン全集を編纂したことで知られている。